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Praha

プラハをあとにして・・・。
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by akiyoshi-n | 2007-07-31 06:43 | 旅-Czech-Praha | Comments(0)

Praha

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by akiyoshi-n | 2007-07-30 07:08 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

Praha 川辺 

川沿いに続く散歩道。
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いまでこそヴルタヴァ川はおだやかな表情をみせていますが、古来、何度も洪水をひきおこし、プラハの旧市街はしばしば冠水しました。
衛生状態が悪く汚れた街になった。
そこで、ヴァーツラフ一世は、洪水対策として旧市街一帯に二〜三メートルほど土を埋めて嵩上げし、同時に堤防を築いて港を整備しました。
つまり、かつての一階だったところがそっくり地下室になった、というわけです。
いまから七〇〇年も前に大規模な都市改造がおこなわれた、ということですね。
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by akiyoshi-n | 2007-07-29 17:40 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

Praha 彫刻をおくということ  

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彫刻をおくということ。
西洋の彫刻の原点は、有名なミロのヴィーナスを代表とするギリシャ彫刻にある。
それは、ギリシャが繁栄したわずか50年間につくりあげた芸術であった。
それが、ローマへ受け継がれ、さらにヨーロッパの彫刻の基礎がつくられている。
彫刻は、イタリアの都市のなかで大きな意味をもっていた。
広場とは、ギリシャでは彫刻で囲まれた空間のことをいう。
彫刻で囲まれない空間は広場ではなかった。
やがて、広場は建物で囲まれるようになり、彫刻は、建物の屋根や壁面に飾られていく。
しかし、あくまでも彫刻は建物に付随しているのではなく、彫刻をみるために建物の上にのせられたのである。
(著作:プラハ建築の森)
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by akiyoshi-n | 2007-07-28 09:27 | 旅-Czech-Praha | Comments(0)

Praha 街づくり  

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カレル大学にはキャンパスというものはありません。
本部と東洋学部、それに哲学部は旧市街広場の近く、法学部はチェフ橋のたもと・・・ようするに
街全体が大学です。
街全体が大学、というのは、日本人にはすぐに理解できない。
しかし、かんがえてみるとケンブリッジでもオックスフォードでも、ヨーロッパの伝統ある大学は、街が大学なのである。
日本の大学のように、門があって、校舎から体育館まで一つの敷地の中に納まっているのではない。
(著作:プラハ建築の森)
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by akiyoshi-n | 2007-07-27 06:53 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

Praha だまし絵  

プラハでは壁に描かれた、だまし絵を見かけます。
だまし絵は、スグラフィットという手法で描かれています。
まず、煉瓦の壁の上に木炭や鉄分を含んだ黒い漆喰をぬり、さらに上から白い石灰の塗料をぬる。その上に下絵を針金で突いて写しとり、下絵にそって白い塗料を掻き落とします。
すると、下から黒い漆喰が現われる。
つまり、白黒の二色でかいた絵ができる。
遠目には、石版画のような、あるいは石壁のように見えます。
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右に見えるのは、旧市街広場にある『一分の家』です。
『一分の家』という愛称は、たばこを一服するというほどの意味です。
この家の壁には、禁断の木の下に立つ『アダムとイブ』や酒の神『バッカスの行進」などの絵が掻き落としの手法をつかって描かれています。
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by akiyoshi-n | 2007-07-26 22:17 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

Praha 運河  

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カレル橋からみた、下を流れる小さな運河の様子です。
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by akiyoshi-n | 2007-07-25 07:02 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

周辺には、ルネサンスやバロック、アール・ヌーヴォーなどの美しい建築が建ち並んでいます。








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このビルのデザインが発表されたとき、ハヴェル大統領は『ガラスのおてんば娘』といったそうです。
最近では『ジンジャー(・ロジャース)とフレッド(・アステア)』というニックネームが定着している『ダンスをする建築』です。
往年の名ダンスコンビにちなんだもの。
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『ジンジャーとフレッド』は、ヴルタヴァ川沿いの交差点の一角にあります。
一方が川で一方が公園に面するという見晴らしのいい場所です。
周辺には、ルネサンスやバロック、アール・ヌーヴォーなどの美しい建築が建ち並んでいます。
対岸はるかに、プラハ城がひときわ高くのぞまれます。
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プラハの街は、カレル四世が十四世紀に都市改造をおこなって以来、街の骨格はほとんど変わっていません。
ロマネスクからキュビズムまであらゆる建築様式が混在し、街全体がまるで建築の博物館のようです。
1974年には、旧市街にある建築の三分の一が文化財に指定されました。

そのような街に、どうしてこのような超・現代建築が・・・と思われるでしょう。
『プラハ建築の森』より

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浜寺の家(House in Hamadera) が、こちらの Web magazine MoCoLoco で紹介されています。
Web magazine MoCoLoco
mocoloco.com






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by akiyoshi-n | 2007-07-24 10:07 | 旅-Czech-Praha | Comments(6)

Praha  おとぎの国 

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色とりどりの建物、いろんな形の三角屋根、そして迷路のような街。
少し謎めいたおとぎの国のようですね、この絵。
1883年プラハで生まれた、作家フランツ・カフカ。
プラハの街とカフカの迷宮的作品。
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by akiyoshi-n | 2007-07-23 09:13 | 旅-Czech-Praha | Comments(2)

Praha  街並

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プラハは一国の首都でありながら、古い街の姿をよく残しています。
それは、プラハの街が、第一次、第二次世界大戦の破壊を免れ、
さらに、幸か不幸か、第二次世界大戦後の資本主義の新しい開発にともなう
近代建築等の建設にも巻き込まれずにすんだから。
狭く曲がりくねった路地や長年の間にまるくツルツルになった石畳、
その両側に建ち並ぶ石造建築など。
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by akiyoshi-n | 2007-07-22 11:05 | 旅-Czech-Praha | Comments(0)